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静岡地方裁判所 昭和54年(行ウ)7号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和五二年二月一日付でなした労働者災害補償保険不支給決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は株式会社雪島鉄工所(以下「訴外会社」という。)にレツカー車の運転手として雇傭されていたが、昭和五〇年四月八日訴外会社の指示により、島田市元島田九五三〇番地の島田青果市場新築工事現場において、訴外会社のトラツク運転手中村清明が運搬した積荷をクレーンにより降す作業に従事中、右中村からスパナで左肩部を、殴打される暴行を受け、これにより左上背部打撲傷、左膝部打撲擦過創、左前胸部、項部挫傷の各傷害を負い(以下「本件負傷」という。)、同月二一日頃まで治療を受け、同月九日から同月二一日まで休業を余儀なくされ、その間の賃金(日給月給)を受けていない。

2(一)  そこで原告は、昭和五〇年九月二二日被告に対し、本件負傷は業務上の災害であるとして、同年四月九日から同月二一日までの一三日間分の休業補償給付の請求(以下「本件給付請求」という。)をしたところ、被告は昭和五二年二月一日付で原告に対し、本件負傷は業務上の災害とは認められないとの理由で、本件給付請求に対し不支給とする旨の決定(以下「本件不支給決定」という。)をした。

(二)  原告はこれを不服として、法定期間内に労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、昭和五三年三月三〇日右審査請求を棄却する旨の決定がなされたので、これに対し法定期間内に労働保険審査会に再審査請求をしたところ、昭和五四年四月二八日右再審査請求を棄却する旨の裁決がなされ、同年六月二八日以後に右裁決書謄本が原告に送達された。

3  しかしながら、原告の本件負傷事故は、前記1の作業に従事中、原告がクレーン操作により積荷にかけたワイヤーロープを張つたところ、そのため積荷の上にいた中村が転落しそうになつたとして立腹し原告にスパナで殴りかかつたことによるものであるから、原告と中村の積み降し作業に起因する業務上の災害というべきであり、これを業務外の災害と認定した本件不支給決定は違法である。

4  よつて、本件不支給決定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張―訴えの利益の欠如

原告は以下のとおり、原告が本件給付請求をした期間(昭和五〇年四月九日から同月二一日まで)につき休業補償給付請求権を有していないから、本件訴えは訴えの利益がないものというべく、不適法として却下を免れない。

すなわち、労働者災害補償保険法による休業補償給付の制度は、業務上の負傷又は疾病による療養のため休業する労働者に対し、休業により喪失する賃金について、四日目から填補することを目的とするものである(同法一四条一項)ところ、原告が本件給付請求をしている右期間についてみると、九日は有給休暇で既に賃金の支払いを受けているし、一三日、一九日、二〇日の三日間は勤務に服さない所定の休日(公休日)であり、また、一〇日から一二日まで、一四日から一八日まで及び二一日の九日間は訴外会社から出勤停止の懲戒処分を受けているため、一〇日から二一日までについては原告には賃金請求権が発生していないから、結局、原告は右請求にかかる期間中賃金の喪失を前提とする休業補償給付請求権を有していない(一〇日から一二日までの三日間については前記のとおり休業補償の対象にさえなつていない。)こととなるのである。

そして、右出勤停止処分は適法な手続により、訴外会社の就業規則五九条一四号、五八条三号に基づいてなされた有効なものであり、原告の本件負傷事故が訴外会社の受注先工事現場で惹起されたもので、その原因も原告の挑発等によると認められること等からすれば、本来懲戒解雇事由(就業規則六〇条八号、一四号)に該当するものであるが、情状により一〇日間の出勤停止処分にしたものであること、喧嘩相手の中村にも同様の処分をしたうえ、右両名の上司数名に対しても監督不行届を理由に減給処分に付していることからすれば、原告に対する右懲戒処分は会社の規律、経営秩序、信用を維持し、かつその業務執行を正常円滑ならしめるため、必要最少限度の合理的な措置というべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項(一)の事実は認め、同項(二)の事実は再審査請求の裁決書の送達の点を除いて認める。

3  同3項の事実は否認する。

四  被告の主張

被告のなした本件不支給決定は、原告の本件負傷が業務上の災害と認められないこと及び原告には本件給付請求にかかる期間中休業補償給付請求権が存しないことのいずれの点からみても適法である。

1  本件負傷の業務起因性の欠如

労働者についての災害のうち、業務上の事由による災害として労災補償の対象とするためには、業務遂行性と業務起因性とを要すると解すべきところ、これを原告の本件負傷についてみると、業務遂行性すなわち本件負傷の現場において原告が使用者の指揮命令に基づく支配下にあつたことは一応認められるとしても、業務起因性についてはこれを欠くものというべきである。

すなわち、本件負傷事故の発端は、原告主張のように、原告が積荷にかけたワイヤーロープを張つたため、積荷上にいた中村が転落しそうになつたことによるものであるが、その後の経過をみるに、右操作に立腹した中村が原告に対して角当てを投げつけ、更に原告に近づこうとしたが、現場主任であつた安田源司や他の運転手に制止されたため、トラツクの荷台に引き返し、業務に従事しようとして原告の作業開始を待つていたところ、原告がレツカー車の運転席から出て中村に対し挑発的言動をなしたため、これに憤激した中村がスパナで原告に殴りかかつたというものであるから、原告の本件負傷事故の原因は、前半のいさかいが治まつた後、原告が業務とは全く関連のない挑発的言動を行つたことにあるのであつて業務起因性を欠いているというべきである。

2  休業補償給付請求権の不存在

前記二被告の本案前の主張のとおりである。

五  被告の主張に対する原告の認否及び反論

原告に休業補償給付請求権がないとの主張は争う。

1  被告が有給休暇と主張する四月九日は欠勤扱いとされており、賃金を支給されていない。

2  訴外会社が原告に対してなした一〇日間の出勤停止処分は懲戒権の濫用であるし、右訴外会社の担当者が右処分の通知書を原告に持参したのは四月一一日であり、過去に遡つて出勤停止処分にすることは不当である。また原告は右通知書を受領していない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1項(原告の本件負傷の事実)、同2項(一)(本件不支給決定の事実)の各事実及び同2項(二)(本件不支給決定に対する不服申立ての経過)の事実中、再審査請求に対する裁決書の原告への送達を除くその余の事実については当事者間に争いがない。

二  まず、本件給付請求にかかる期間中の原告の休業補償給付請求権の存否について検討する。

1  原本の存在及び成立に争いのない甲第一六号証、成立に争いのない乙第三三号の一、二、同第三四号証、第三八号証、証人鈴木吉明の証言により真正に成立したものと認められる乙第三六号証、同第三七号証の一、二、右証言によれば、

(一)  原告が本件給付請求をした昭和五〇年四月九日から二一日までの期間についての訴外会社の原告に対する出勤状況に関する取扱いは、九日は有給休暇、一三日、一九日、二〇日の三日間は公休日、一〇日から一二日まで、一四日から一八日まで及び二一日の九日間は欠勤となつていること、

(二)  訴外会社は本件負傷事故の発生を理由として四月一〇日、原告と中村清明に対し、同日から向う一〇日間出勤を停止する旨の懲戒処分をなし、右処分の通知書は担当者により同日原告に交付されたこと。したがつて、右公休日を除いた一〇日から一二日まで、一四日から一八日まで及び二一、二二日の一〇日間原告は出勤を停止されたが、実際には原告は二二日には出勤し、これに対し賃金も支払われているから、実質上の出勤停止日数は右二二日を除く九日間であること、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  原告は、右出勤停止の懲戒処分が懲戒権の濫用である旨主張するが、成立に争いのない乙第二八ないし第三〇号証、証人鈴木吉明の証言によれば、右懲戒処分は本件負傷事故のあつた翌日の四月九日に懲戒委員会を開いたうえ、代表取締役である雪島良四郎が最終的に決定したものであること、右処分の決定については、本件負傷事故が訴外会社の受注先工事現場で発生したため訴外会社の対外的信用を傷つけたこと、喧嘩や暴力に対する社内の規律保持の必要性、中村の原告に対する暴力は原告の挑発が原因であると判断したこと等の諸点を考慮し、一〇日間の出勤停止及び一か月間の昇給停止処分に止めたこと、右処分に当たつては、右両名のみでなく、右両名の所属する製造部門の上司である雪島登常務取締役等六名に対しても監督不行届として五パーセントの減給処分にしたことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、右認定によれば、原告に対する右懲戒処分は就業規則に基づく適法な手続による合理的な措置ということができ、懲戒権の濫用と認めることはできないから、右処分は有効なものというべきである。

3  ところで、労働者災害補償保険法による休業補償給付は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、その療養のため労働することができず、賃金を受けない場合に、休業四日目から一日につき給付基礎日額の六〇パーセントに相当する額を支給する制度である(労働者災害補償保険法一四条一項)から、賃金の支払いを受けない休業の三日目まではそもそも休業補償の対象とならないところ、前記認定事実によれば、原告の本件給付請求にかかる期間中、九日は有給休暇として賃金が支払われているから、一〇日から一二日までの三日間は休業補償の対象になつていないうえ、前認定のとおり、一三日、一九日、二〇日の三日間は公休日であるから原告には賃金請求権が発生していないし、欠勤とされている一〇日から一二日まで、一四日から一八日まで及び二一日の九日間は出勤停止処分の対象となつているから原告には賃金請求権が発生していないこととなり、結局、原告が本件給付請求をした期間、原告には休業補償給付の対象となる賃金の喪失はなく、したがつて、休業補償給付請求権は発生していないものというべきである。

4  そして、被告は、原告に右休業補償給付請求権が発生していないことにより、本件訴えは取消しについての訴えの利益がない旨主張するが、右請求権の発生していないことは必ずしも本件取消訴訟の訴えの利益に消長を及ぼすとはいい難いから、右主張は採用することができない。

しかしながら、右請求権が発生していないことは、原告の本件給付請求に対する本件不支給決定の正当性を根拠づけるものというべく、その余の点を判断するまでもなく本件不支給決定は適法なものということができる。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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